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女性専用車両と産婦人科の待合室は似ている

女性専用車両に適応できない。

わたしは外見も内面も「女性」だと思われていて、それに適応して生きている。
けれど、「わたしは女性だ」とはあまり思えない。
生物学的に女性であることは自認している。
しかし社会学的な性別観念が、そもそもわたしには乏しい。
だから、性同一性障害のひとほどの違和感はないけれど、女性である認識も強くはないのだ。

だから女性専用車両に適応できない。

女性専用車両を選んで乗る女性は、社会学的に女性であることを自認しているのだろう。
女性専用車両を避けて乗る男性は、社会学的に男性であることを自認しているのだろう。

わたしは、女性専用車両に乗ることも、避けることもうまく選べずに、それでもいずれかの車両に乗り込む。

女性じゃないのにごめんよと思いながら、女性専用車両に乗る。
女性なのにごめんよと思いながら、普通車両に乗る。

誰も気にしていないような気がして、気にしているのは自分なのだと気づいて、それでもなお。